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本田 透

三才ブックス

グループ:Book

ランキング:134450

価格:¥ 1,500

ポイント:15 pt

発売日:2008-04-24

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カスタマーレビュー

うるさい黙れ  (2008-07-13)
たしか、そんなアスキーアートがどこかに転がっていると思う。
知りたければググれ。
著者の情報過多による解説と「知っている人にしか分からない」作品群、
さらに自分の言いたい事を自分の作品で創らない
「嘘つきでないdexiosu」の延々とした独り言にはいらいらさせられる。

「人間には創作が必要だ」

この一言を伝えるのに、どうして喪男やら偉人の名前などを挙げる事が必要なのか。
この筆者は今度は社会システムをどうにかしようと「電波男第三部」を創ろうとしているが、

 そのまえに少し慈悲の瞑想とヴィパッサナー瞑想をかじったらどうだ。

そうじゃないと、三部作目は800ページあっても整理できず、作品になる前に自分の精神に異常をきたすぞ。
…多分女性の皆さんがこの本を読むと「どこぞのオヤジの説教」と思われ、白い目でみられかねない。
もしそんな書評が女性の名前で通ったら「電波男シリーズ」の終焉である。

「本物」を書きたかったら「知識の詰め込み」ではなく、「智慧」で書きなさい。
お釈迦様は「非常に言葉を選んで」説法なされた。
それが、人間として大切なことである。

「作家・本田透」のネタ帳 第三弾  (2008-05-19)
「電波男で出てきた萌えとか喪とかでモノを語る評論家」
「月一ペースで新刊をリリースする中堅?ライトノベル作家」
主に本田透を前者のように評価する者(某アルファブロガーなど)は作家として評価しない、近作に至っては読んですらいない様に思われるが、本田自身として後者に重心を置いて来ているのは明らかで、「喪男の哲学史」後に出た評論本とその直近に出たライトノベルを読めば評論本は「ライトノベル執筆のための構想をまとめたもの」に過ぎないとさえ思えてくる。

2007年12月 脳内恋愛のすすめ / 円卓生徒会(6)(トリスタンとイゾルデ熱愛?の巻)
2008年 2月 なぜケータイ小説は売れるのか / ライトノベルの楽しい書き方(同じ出版社、同じ編集者とのコンビ)
2008年 4月 世界の電波男 / イマジン秘蹟(3)(世界の電波男の表紙がイマジン秘蹟の物語蒐集家・玲於奈)

「喪男の哲学史」後の評論本に関してもそれぞれ異なるアプローチで“大きな物語”の「死亡確認」を行っている。現状に後追いでレッテルを貼るのが評論という事であれば、正直「だから何なの」で終わるところだが、その先の「何か」を恐らく物語の中で示そうとしているのが本田の特徴なのではないだろうか(“物語”の方も喪男〜以後変化が見られる)。実際本田が新しい物語をモノにするかはさておき、そういう(本書で言う所の)「予感」を与えてくれ、本書を踏まえてイマジン秘蹟の今後にwktkしつつあれこれ考えてみたりできる個人的には「イマジン秘蹟を10倍楽しむ本」です。単体で読んでたらどうかなと思ったので☆4つ

凡庸な物語論を独創的にみせる手口  (2008-05-14)
本書ではフィクションを『二次元の物語』、文明が作った社会を『三次元』、
『物語』を二次元の物語という意で使ってます。
その上で物語の復権を訴えていますが『人間の人生そのもの』が物語である427p
といった発言等を踏まえると、この『二次元の物語』はかなり広い意味を指すようです。

が、この意味での物語を否定している人は誰もいないかと。
『個人の人生』と『具体的な作品』は、別ですし作品への依存も程度の問題かと。
しかし物語を全否定する敵をつくり、それに怒りをぶつけて自己の優位性を示す361p。
『作品へ依存することへの苦言』を『人間の想像力の否定』とみなす論理のすり替えがはびこってます。
某アニメ監督は作品に依存しすぎる人に苦言を呈したわけで。

今の社会環境は永久不変のものではなく、文学作品は社会や個人に良い変化を与えることがある。
こういう『凡庸な考え』を、『劇画化した敵』を作ることで『独創的な考え』であるかのようにみせる。
それで興奮する直情傾向の人がいるのはわかりますけど、やりすぎ。
それに『充足される願望』がモテることだケンカに強くなることだと
この本の対象年齢は何歳なのかと。某ネット書評につられた自分が馬鹿でした。

年上向け少女漫画に書いてあるからという理由で。現代日本の女は、
自分を肉●器(原文は伏字なし)とみなす人間を好きになるだ!326pと豪語。
荒っぽい男がモテるのならわかるが、これは極論のような。
喪男は萌えを忘れると鬼畜になるという話を度々持ち出します。
そういうのは女関係以前に、もともと反社会性の人格障害か何かかと。

恋愛は死んだ331pと嘆いているのは、中世の男女愛を騎士道物語と同一視しているだけかと。
モテなイケメンには物語は不要41pと、動物じゃあるまいし恋愛があればいいのかと。

作者の自分史をセールストークとみるか否かで印象が変わるかもしれません。
架空の敵の作り方等、売るための手口が面白かったので星を一つオマケしておきます。
ネタ本としては特に下ネタが、すべっていると思います。

喪男精神は健在  (2008-05-10)
 あの『電波男』と『喪男の哲学史』の続編とあっては買うしかないだろ!という気持ちで買って読みました。431ページの大作であり、筆者の喪男としての、恋愛資本主義批判は今回も明快かつ強烈で惹きこまれる。
 内容は、ギリシャ神話や新約聖書から現代に至るまでの「物語」の解説である。しかし、私にとって面白かったのは『DEATH NOTE』や『ドラゴンボール』といった日本の漫画の解釈だった。やはり漫画・アニメが大好きなんですね本田先生は!
 しかし、『喪男の哲学史』が名作すぎたために、それに比べると劣るのはしょうがない。またご自分でも述べているが、『喪男の哲学史』とかぶっている部分がある(ゲーテ、ダンテなど)。だから『哲学史』を買った人がさらにこれを買う必要は無いだろう。
 しかし私のような本田先生のファンにとっては、先生がなぜ『涼宮ハルヒの憂鬱』が好きなのか分かってジーンときたりするのでもちろん買うべきだろう。だが、ドストエフスキー作品をほとんど読んだ者として言わせてもらうと、ドストエフスキーに結構ページを割いているのに『地下室の手記』と『罪と罰』だけでは不十分だし、やはりそれ以外の作品は読んでいないと思われる。そういう点での甘さはある。しかし、日本の漫画・アニメについて語らせたら一番であることも明らかだ。この長所と短所が次の作品につながるものであってほしい。

恋愛教の視点で喪男講釈をしている  (2008-05-06)
近代の恋愛は文学が発明したと間違った事実を前提にしている。有害な恋愛至上主義は広めたかもしれませんが。この事実誤認が原因で文学を過剰に評価するのだと思う。近代資本主義で本来の恋愛が滅び、功利的になったというのも間違い。そういう美しい過去はない。恋愛感情そのものが功利的なのも事実だし、恋愛をしないことに人として欠陥があるわけではない。それだのに喪男という状況を、後に救済される「地獄」とみなすことに納得がいかなかった。喪男という状況にいると負の方向に走る、極一部の人にとっては別でしょうけど

自分の本は新しすぎるから受けいられない、と繰り返しています

資本主義批判は
「人々が恋愛をしなくなると困るのは資本制なのだ。相手に贈るプレゼントはもちろん、ホテル代からレジャーランド、間抜けな恋愛小説や恋愛ドラマ、恋愛映画の類に需要がなくなったら大変だからこうも慌てるのである。恋愛は民衆の阿片なのだ。パンと恋愛を民衆に与えておけばいい」
小谷野敦、2001年、「恋愛の超克」ですでに指摘されている

物語性の庇護も、元から日本では純文学畑の評論家ですら物語性を放棄していない。ポストモダン批判も同様。萌えで文学史を読み解く本はもう出ている。巻頭マンガで、善良な僕が編集者に無理やり書かされていますとでもいうような亜流小林よしのり的印象操作が見られる。他の出版社の本(妹コレクション P52)でも「最近ではアナログ女といえば中古製品というのが常識化してしまい、新品の購入はほぼ不可能」「アナログ女は肉体を持っているので・・畳一畳分のスペースでは飼っておけない」と過激なことを書いていた。アーカイブを見る限りネット上でも。編集者に強制されていると保険をかけた上で、またしても庵野秀明を攻撃するのは商業ライターとしてどうなんだろうと思った。旧劇場版エヴァでも僕のように必要な娯楽作品だと思っている人はいる。著者はその物語性を散々コケにしていましたけど

蛇足ですが本書の「動物化」は、スノビズムを前提とする東の有名な意味とは違う、別の意味で使っています

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