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アイテム詳細


株式会社ディスクユニオン

グループ:Music

ランキング:9145

価格:¥ 2,520

ポイント:25 pt

発売日:2008-08-22

通常4~5日以内に発送

このページのURLは
http://www.shikencho.com/shop/asin/Music/B001BAH3GM/

曲目リスト

1.愛する人へ

2.おまわりさんに捧げる唄

3.性と文化の革命

4.自由への長い旅

5.私たちの望むものは

6.NHKに捧げる歌

7.堕天使ロック

8.ロールオーバー庫之助

9.ラブ・ゼネレーション

10.無用ノ介

11.今日をこえて

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カスタマーレビュー

私たちの望むものは  (2008-12-01)
発売と同時に購入しました。
既に御二方の素晴らしい論文に匹敵のレビューがございます。
私は岡林氏とのエピソードでも書きましょう。

今回岡林氏所有のマスターテープから新たにリマスタリングということで、
92年盤を持っていた私も、音圧の低さに再監修盤を待ち望んでおりました。
大滝詠一フリークの私は兼ねてから彼の若かりし時の
参加作品=当盤を聴きたい、聴きたい、と思っておりました。
こんな不純な動機でしたが、刻まれたメッセージに打ちのめされましたね。
特にも『私たちの望むものは』、思い出深い一曲です。
私が行った98年の山下達郎氏のコンサートでは『蒼茫』の一節に織り込まれていました。
03年には私の人事異動があり、送別会で皆様へのお礼?にこれを歌いました。
思えばよくカラオケに入っていたものですねぇ。
職場の大御所/大先輩を相手に思い切った選曲でした(笑)。

今月はコンサート音源が発売されるということですが、
個人的にはベルウッド盤フォークジャンボリーに収録されていた
『それで自由になったのかい』を待っていましたが未収録のようです。
高中氏のベースも細野氏に負けていませんね。このベースプレイ、大好きです。
三人だけのバッキングには思えないグルーブ感ですね。

今回は残念ですが、いずれこのアーカイヴが続く限り
岡林氏の快諾を得られ発売実現しますように。
加えて、我がままですがラジオ音源残ってないでしょうかね・・・・
誰かがデンスケとかで録音していないかな・・・・・

↓文句も書いてますが、傑作なのは確かです  (2008-08-31)
 岡林信康の1970年発表のセカンド・アルバム。
 やはり歌詞が非常に重要な作品で、岡林の真摯な態度がよく伝わってきます。ただ、後追い世代としては「自由」の連呼には前作同様に違和感を感じます。いったいこの時代の若者たちは何がそんなに「不自由だった」のでしょうか?例えば「わたしたちが望むものは」では変革を求めているわけですが、いったいその「変革」が何か、今の「不幸」が何であるのか、・・・アルバムをざっと聴いても、そうしたことが見えてこないのです。
 すべての人間が平等でない=「真の自由」ではない、というあたりかな?とも想像してみるのですが、結局こうした怒りは一時の熱病のように冷めて、彼らもほとんどが社会の一員になっていったわけですから、当時の学生たちの本心であったとも思えません。親の庇護から独立しつつある若者にとって、社会と自分の関係を自覚し脅えるというのは重要な通過儀礼だと思うのですが、この過程では既存の概念に対して反発するのが普通で(要するに「反抗期」)、こうした中で若者は「反抗」が目的となり「反抗する理由を探して反抗する」という本末転倒に陥りがちです。当時の学生も、具体的なビジョンもないまま「自由」や「平等」というお題目を唱えることが正しいことだと錯覚するという、いわば彼らが軽蔑していた「大人の社会」の裏返しとしての思考停止状態に陥っていたのかな、と思います。
 ただ、岡林はもしかするとそのあたりの欺瞞に気が付いていたのかもしれません。警察官を揶揄する一方で「僕らも同じだけど、どうしたらいいのかよく分からない」ということを示唆するなど、単純な善悪二元論を語っていた前作から世界観が変化してきていたことも窺われますから。
 ところで、音楽は本当に素晴らしいものです。後追い世代でもロック・ファンなら絶対に持っておくべき一枚です。

私(たちの)望むものは見つかったのか、旅の途中  (2008-08-20)
 1970年6月に岡林信康アルバム第二集『見るまえに跳べ』は世に登場している。この時代、歌は若者の生き方を考える教材であり、歌い手は教師であった。歌を聴き、自分に問いかけ、生きることの意味を探し求めた。時にあこがれ、時に批判し、そうして自分の生き様のモデルを必死に探した。今の否定的意味合いを強めた個人主義ではない、一昔前の時代の、連帯にあきらめていない、あるいは幻想かもしれないと気づいても気づかない振りをしながら。だから、決して「私の望むもの」ではなく、「私たちの望むもの」だったのだろう。そしてあの時代の、この歌の生徒たちは今気づいている。私たちの望むものは、いくら一生懸命探しても、どこにも転がっていなくて、どんなに小さなものでもいいから、自分で作って築いていかなければ、つかめなかったことを。私たちの望むものは、自らを否定し、自らを築き、自らを肯定し、自らを壊し、新たな自らを描いていくなかに見出せた。
 このアルバムは、私たちの望むものそのものだったのである。
 なお、このアルバムでははっぴいえんどがバックを務めている。はっぴいえんどはこのアルバムやフォークジャンボリーなどでのバッキングを自分達の活動から見て全く評価していないが、ボブディランがザ・バンドと組んだ例をとって、当時は話題にされた。
 永らく入手困難だった。再発で、やっと出会える。

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