アイテム詳細
ユニバーサル インターナショナル
グループ:Music
ランキング:24617
価格:¥ 1,621
ポイント:16 pt
発売日:2006-05-17
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曲目リスト
1.サーヴ・ザ・サーヴァンツ
2.セントレス・アプレンティス
3.ハート・シェイプト・ボックス
4.レイプ・ミー
5.フランシス・ファーマー・ウィル・ハヴ・ハー・リヴェンジ・オン・シアトル
6.ダム
7.ヴェリー・エイプ
8.ミルク・イット
9.ペニーロイヤル・ティー
10.ラジオ・フレンドリー・ユニット・シフター
11.トゥレッツ
12.オール・アポロジーズ
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レビュー(Amazon.co.jp)
突然の成功に圧倒されながらも、ニルヴァーナはメジャーレーベルからの2枚目のアルバムのリリースに当たって、より荒々しくより耳をつんざく音作りを選択した。シカゴを拠点とするノイズの達人スティーヴ・アルビニ(ビッグ・ブラックでの活動が有名)の力を借りてカート・コバーンと仲間たちが作り上げたアルバムは、暴力的かつ絶望的、そして深く心を揺さぶるものだった。
「Serve the Servants」では名声の代償について、「Milk It」ではアーティストとファンの不健全な関係について歌っているといった解釈がどのナンバーからも読み取れる。もちろん、どれもただ単純にコートニー・ラブのことを歌っているだけなのかもしれない。コバーンのスキャンダラスな一面はさておき、その圧倒的なソングライティングの力量と歌唱力、バンドの驚くほど粗削りなパワーは否定しえない。
心を締めつける「All Apologies」のエンディングで、コバーンはジョン・レノンを思わせる語りかけるような口調で繰り返し歌っている。「みんな誰だってかけがえのない存在なんだ」、と。だが、その言葉もコバーン本人にだけはなんの慰めにもならなかった。(Percy Keegan, Amazon.com)
カスタマーレビュー ![]()
核心たるもの
(2008-09-30)
友人の1人は、Nevermindを何度聴いても好きになれないかわりに、このアルバムをフェバリットに挙げている。彼はNIRVANAというよりカート・コバーンの方が好きなのかもしれない。つまりはそういうアルバムだ。
前作「Nevermind」が世界的大成功をおさめたのは周知の通り。そしてカートがカリスマとして祭り上げられていったのもやはり周知の通り。しかし同時にスキャンダルにも囲まれ、心理的にかなり追い詰められた状況にもあったのも事実であったはずだ。このアルバムは、そんなカート・コバーンの闇の部分が投影された作品だと言える。ジョン・レノンのファースト「Plastic Ono Band」が引き合いに出されることがあるが、それと同様に「個人的」なアルバムである。
プロデューサーにスティーブ・アルビニを起用したのもその一環だといえるだろう。彼はこの時すでにピクシーズやPJハーヴェイなどとロック史に名を残す名作を作ってきた前歴があるわけだが、その特徴はどれもバリバリとした金属的で凶暴なバンドサウンドだった。Nevermindの音質は、良くも悪くも整然とトリートメントされたところがあり(そのお陰で大衆に迎合できたわけだが)、その反動としての起用となった。両アルバムを比べてみれば音質の違いは顕著だろう。本作では、音がまるで刃のように鋭い。全方位に攻撃的なサウンドである。
歌詞に目を転じれば、前作以上に突き刺さる歌詞が並ぶ。しかし総じて気付くのは、その矛先が「世界」から「自分」に変化していることである。「Everything is my fault」と歌う「All Apologies」というタイトルの曲で締めくくられるあたり、この内向性にこそカートの心理が窺えるように思う。完全に壊れてしまってからでは面白味はないが、壊れていくその過程に見るカタルシスは魅力的なのである。
結局このアルバムは当然のごとく英米で初登場1位を記録し数百万枚を売り上げ、評論家からも高い評価を得る。しかし(やはり周知のことだが)この後を継ぐオリジナルアルバムは現れず、翌年のカートの自殺をもってNIRVANAは解散する。その死をもって今のロック史があるわけだから、惜しいとかそういうことは言わない。ただ、同じ頃イギリスでRadioheadというバンドが台頭してくるのはなんだか象徴的だと思う。
何だか・・ぐっと
(2008-04-13)
好きなメロディーではない。ないけど、心に響くものがあった気がする。NIRVANA・・というかカートが何かを伝えようとしているのは分かる。それが何なのかはカート以外誰も分からないが・・・。言葉では表現出来ない物を表現することが出来る、それが歌だと思う。そんな意味でこのアルバムは人に訴えかける作品だと私は信じる。
表裏一体
(2008-03-17)
洋楽を聴き始めたのは確か4年くらい前からで、当時の自分はとにかく金がありませんでした。
よって主な音源入手はレンタル。友達から、ネットから情報を集めMDと一緒にツタヤで仕入れては焼き、仕入れては焼き・・
なんて事をかれこれ200回は繰り返したと思う。
そのなかでもNIRVANAは当然ながら、かなり早い内から手を付けたアーティストで、当時は自分の耳も音楽に対するスタンスも未熟でした。
MD容量ギチギチに、アルバムの途中であっても構わずぶちこんでいたため、自分がどのアルバムを聞いてるのか分からないなんて事もあるくらい。
アルバムの概念、作品として向き合う姿勢がまるでなってなかったワケです。
そしてこのIN UTEROに於いて私は最大の過ちを犯しました。
一通り通して聴いた後、「なんだか聴きにくかったなあ」なんで思いながら余韻に浸っていたのですが、いつまで経ってもアルバムが終りません。
名曲ALL APOGIESの後のシークレットナンバーまでの「間」に入っていたのです。
「なんでコレ、最後こんな間が空いてるんだろう。容量メッチャ食うんですけど。切ろう!」
というワケで最近になってCD媒体で買い替えるまでの「するめ版IN UTERO」は、
ヒステリックなtourette`sで幕を閉じる、何とも掴みどころの無いアルバムに仕上がってしまったのでした。
そしてそれを「こういうのも味があっていいねえ」なんて思いながら聴いて悦に浸っていたわけです。消したことすら忘れてた。
今更NIRVANAのレビューなんて、と思いながらコレを書いています。
それでも私たちが未だにこのバンドを、カートを愛してやまないのは、
ビートルズにも比類する、偉大な「音楽のスタンダード」の一端として、未だ風化しない魅惑的サウンドがそこにあるからでしょう。
実際今活躍しているバンドの多くがこのバンドをマイルストーンとし、またそこから抜け出せない呪縛をも抱えています(すべてのバンドではないけど)。
どうしようもない感情を内に昂ぶらせるカートの作品をバンドマンのみならず私たちが受け入れられるのは、紛れも無く彼のポップな感性が根底にあります。
実際この作品は前作での成功でさらに鬱屈を募らせたカートの本性がむき出しになった作品である、といわれていますが、
ノイジーで粗暴かつ退廃的で、そしてなお「ポップ」なのです。
ラストの「救い」をはしょった「するめ版」でさえ。
救いようの無い歌詞のrape meは、なぜこうにも優しく耳に馴染むのか。
sarve the servantsのイントロの不協和音すら、気取った実験精神みたいなものは感じず、むしろポップとしての必然性を読み取れてしまうほど。
しかしやはりラストあってのこのアルバムでしょう。昔の自分は本当にバカだった。
あくまでグランジとして、ここまで聞き手を救う曲があったろうか。みんながオリジナル、かげがえのない存在なんだ。
しかし、そのメッセージそのものがカートのクビを絞めたのかもしれない・・とも感じる。
完全無欠のポップアート作品「NEVERMIND」と「IN UTERO」。
同等に評価する人が案外少ないようですが、やはりどちらが欠けてもNIRVANAはNIRVANA足りえないと思う。
たった2枚のアルバムでカートはバンドの陰陽両極を提示している。本人の意思は兎も角として。
この作品以降のこのバンドの音なんて想像できないし、そういった意味でも「カートを殺した」一因となってしまったアルバムなのかもしれない。
しかし、だからこそこの疲労感漂う名盤を受け入れたい。誠意あるアーティストの、私たちへの最後のメッセージなのだから。
Rest In Peace, Kurt
(2008-03-13)
この「IN UTERO」には、過去と現在、幻想と現実、死と生といった問題で、否応なく引き裂かれたカートの魂があらわに示されている。そしてその裂け目から発せられる叫びは、悲痛であると同時に抒情的でさえある。僕たちはその叫びを理性のフィルターを通すことなく、直接心の琴線に感受して、震えるように共鳴することになる。僕たちの内部にも引き裂かれた傷跡があることをまざまざと思い出しながら・・・
カートのつぶやき
(2008-02-01)
このアルバムのしんどさは、カートのエゴに真正面に付き合わせられるしんどさである。
カート自身が本人のことをぶつぶつとつぶやく。(しかし、目がこっちを見ていない。)
”Repe me"、”Dumb"、疑念と被害妄想のかたまりである。
”Milk it"、Herat-shaped box"。楽曲はすばらしいのだが、あくまでも個人的な恋愛をもぞもぞ言ってるだけで、全然広がらない。
”Never mind"の詩は、イメージの羅列のようで、どこかきらきらと輝き、どんな風にもとれるし、リスナーはそれぞれの記憶や、体験、感情、といったものにおのおの重ね合わせることができる。
しかし、このアルバムは陰鬱なカートの横顔に延々とつき合わされられるだけである。
聞きづらいのは音だけではない。
けれども”Penny royal tea"の”Distill the life that`s inside me"というフレーズだけは
違う。
カートは自らの姿勢を羞じ、懸命にこっちを見て叫ぼうとしているのだ。
まさに自分の命を魂の底から、絞り出すかのように。
このアルバムの好き嫌いは、カート本人のことを好きか、嫌いかにかかっていると思う。
そして、僕はカートが大好きである。
(ところで、Cobainをコベインと表記するのはいかがなものか?CobainのIは、前の母音のAに続き受けて、ぇぃ、と子音化するのではないか?だれか英語に詳しい人、教えてくれ。)

