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発売日:2007-07-04
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戦前世代の洞察
(2008-08-20)
刊行は1969年。第7章までは梅棹忠夫「情報の文明学」の
卓見に沿うか、それを一歩進めた提言に留まっている。
しかし第8章から著者独自のまったく新たな指摘となり、
ここを読むだけでも買う価値のあるすばらしい内容。
特に興味深かったのは、テレビ的メディアの中から生まれ育った
学園紛争世代(感覚的論理人間)の出現に示された見解
「おそらく次の時代において、いま新しい世代といわれている人たちがやがて
古い世代になって、彼らが迎えるであろうその次の新しい世代との間の
意識の断絶というものは現在以上に深刻なものになるのではないだろうか」
(p223 テレビ人間とコンピュータ人間の断絶)
この指摘に、今日見られるところのネット世代による旧世代への挑戦と、
旧世代とりわけマスコミ業界の激しい反発を想起せずにはいられなかった。
価値観の入れ替えが効くソフトな社会、とはどのような社会か
(2008-04-18)
本書の初版は1969年であったが、2007年の復刻版である。初版から約40年。フリッツ・マッハルプ『知識産業』が1962年刊、邦訳1969年であり、ダニエル・ベル『脱工業社会』が1973年刊、邦訳1975年、またアルビン・トフラー『第三の波』が1980年刊、邦訳同年であるから、かなり早いタイミングで情報化をという主題を取り上げた。
本書の定義を引用する。いくらでも定義が出てくるので厄介と述べつつ、まず情報とは「可能性の選択指定作用を伴うことがらの知らせである」(pp.54-56)。単なることがらの知らせではないという点が大事。次に「化」というからには変化の傾向にあること。ようやく、社会の情報化とは「この社会に存在するすべての物財、サービス、システムについて、それらが持っている機能の中で、実用的機能に比して情報的機能の比重が次第に高まっていく傾向を言う」(p.62)。
この辺りの議論は、近年では情報にデータ、事実、知識、アイディアなども参加して更に厄介になっている。主題に沿ったフィールドを決めてかからないと、ビット列や記号なども参加してきて収まりがつかなくなる。
コンピュータが普及していない時代性もあり、社会的な側面からの主張が多い。その一つが付随的な機能としての無駄。先の情報的機能というのは今でいう「コト」。物財やサービスの情報的機能化としての無駄を取り上げ、無駄なら何でもありではなく有効な無駄を考える。この有効な無駄をソフトにセットしておく社会こそ情報化社会が目指すものである、と。
なくてはならない無駄、となるとこれは実用的機能と呼ぶべきで、関係が逆転する。近年の消費社会は、生活者は何を求めているのかという議論にもつながる。現在の情報社会とつながっていることも途切れていることも、一つや二つあげながら読む。
目次、章節。索引なし。参考文献なし。ひもなし。
ムダはムダじゃない。
(2008-01-23)
学生の頃、「ぼくたちの洗脳社会」(岡田斗司夫、1995、朝日新聞社)を読んで衝撃を受けていた自分の小ささよ。
本当にパクッたかどうかは知らないが、結果的に岡田さんの文は、40年近く前に刊行されたこの本の論の焼き直し、もしくは延長線上に過ぎないということに気づいて愕然とした。
本論は「情報」を定義し、ものごとの価値を「実用的機能」と「情報的機能」に弁別することにより社会の価値観の変化について論じているが、(「ぼくたちの…」を読んでからですら13年経っている)今もなお社会はその論の正しさを証明しつつ未だその過程にあり、個人としてもその価値観の変化を内包していることを改めて自覚した。
一例としては、著者は「レジャー」について定義し上記弁別により論じているが、まさに今、労働をレジャーとして捉える(というか、捉えたがっている)動きが顕在化し、加速している。
そう、今や一部の層にとって、労働は「独自の目的意識によっていつでも始められ、いつでもやめられる。」そして、皆がそうなりたがっているのを止めることはもうできない。
「ムダ」が「必要」を凌駕してしまう流れが、加速している。
自分の価値観、社会の価値観について消化できなくてモヤモヤしてる方は、目からウロコが落ちるかもしれない。
また、本筋とはあまり関係しないが、「情報」の定義を初めとして、言語の定義について脳の活性化を促してくれたことも感謝したい。
未来のことは、今、すべてに根ざしている。
(2007-11-18)
こんなにもハッキリとした構造と思想が吹き込まれている本をはじめて読んだ。
40年近く前のメッセージを、何故この”今”に受け取ってしまうのだろう。
1969年のビジョンと2007年の今。対象すると、少々戸惑う。
それは、本文中、随所に「今日では、」という書き出しが見られるが、
すべて2007年の”今”に置き換えられることが殆どであるからだ。
既に経過した時と合わせて読んでいるからからこそ、すべてが見え難い
ことではなくなっているのであろうか。
長い年月を経て、ようやく林氏にインスパイアされた人々が増え、
「今日」が「今」として、「ビジョン」が「現実」として、明日の未来を
築いていくことができるはずだ。
はるか未来の情報化社会
(2007-11-03)
・目指すべき未来の社会の姿として、著者は「情報化社会」という言葉を作った。「情報化社会」はいまだに未来の前方はるかにあることを思い知らされる。1969年に著者が描いた未来はまだ実現していない。私たちが怠慢だからである。
・本の中身はたとえば、未来の社会における、中小企業の活躍について、年金の設計について、税金の国際化について、住宅の未来について、世代交代について、システム設計について、などなど。たくさんのフレッシュで面白いテーマが平易すぎる言葉で展開する。
・最終章のサブタイトル、「真に自由でなければならない」。人間が真に自由であるというのがあるべき未来の条件だと、著者は考えているように思う。
・自由であることをどのようにして実現するか、そのプランが具体的に書かれている。読むと元気がでる。
・そして使える本である。全く古びていない、現役バリバリで使える。
・また本全体に人間への信頼と愛情があって、暖かい気持ちになる。気持ちがいい。
・そして、文章が正確でとてもわかりやすく、かつ言葉のセレクトもユーモアがあって読んでいて楽しい。
・社会に興味がある人全てにおすすめ。

