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ダイヤモンド社
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カスタマーレビュー ![]()
通勤中に読むにはもってこい
(2004-07-18)
おなじみのシリーズ?です。
いつも感心するのは、普通のサラリーマンでも「そうそう!」と思えるようなテーマを野口氏の観点から書いていること。
大蔵省、一ツ橋大学教授など難解な経済理論が語られてもおかしくないような経歴なのですが、基本的に人間の好奇心に基づいて語られているので普通の会社員でも感情移入できるテーマとなっています。
読むたびになにかしら新たな発見があるのですが、今回は「ピーナッツ」に対する思い入れが書かれており、よりいっそう親近感が沸きました。
タイトルの「超」はもうはずしても十分売れると思うんですが。
読者に「自由度」があるユニークな日誌
(2002-11-01)
所収されたエッセイはすべて加筆・修正されてはいるが、きまった分量で毎回異なるテーマについて「面白く有益なこと」を書くという知的行為それ自体にまずは圧倒される。自分が興味を持ったエッセイをあえて列挙すれば、「2、プロが消えた戦後日本社会」、「9、平成不適合人間」、「16、「創造性教育」の落とし穴」、「18、ローパワード経済学の威力」、「19、失敗を認める社会」である。
経済学研究に従事する私からすれば、16と18のエッセイは特に興味深かった。「エセ独創家」を排除するためには、「ディスプリンの鋳型にはめ込み、身動きもできないようにする」必要があるという主張はたしかに全く正しい。結局、先行研究のサーベイを含めた専門的な仕事の「スタイル」と「作法」を学ぶことなくして、意味での独創性は育成されないからだ。この議論はのちの著書である『「超」発想法』でも強調されている。また、専門学者集団の評価を得るための高度に抽象的な諸理論や技法の取得は、現実の経済問題の理解や分析とは無関係であることが多いという指摘も傾聴に値する。理論とはあくまでも現実を説明し理解するための「眼鏡」である以上、理論の意義や妥当性はそうした作業の中で初めて問うことができる。こうした著者の主張は、専門家養成機関である「大学院」という制度のあり方という大問題へと派生するが、これはもはや「日誌」という水準を超えている。本書に所収されたエッセイの多くは、われわれが今後も議論を重ねる必要がある重要問題を的確に述べている。
本来の経済学者という職業をこえた多様なテメへの著者独自の視点や評価が満載した大変ユニークな本。自分の好きなテーマから読める「自由度」も与えられている。かつてこうした「日誌」は果たして存在したのだろうか?恐らくそれが「ない」からこそ「超」という形容詞が付いているのだろう。多くの方に本書を薦めたい。

