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文藝春秋
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カスタマーレビュー ![]()
日米の葛藤を描いた力作
(2008-02-18)
まず、大変な労力を払ってこの大作を完成させた作者に敬意を表したい。
世界的な映画の巨匠、黒澤明の監督人生における最も大きな挫折、『トラ・トラ・トラ』の
監督降板事件を、日米両国の関係者に取材して綿密に検証した力作である。
なかでも、エルモ・ウィリアムスなど当時の関係者の証言は極めて貴重なものだ。
黒澤の降板は、日本側ばかりでなくハリウッド側にも大きな損失と失望をもたらしたことが改めてわかる。
お互いに敬意を抱きあいつつも、衝突を繰り返す黒澤とハリウッド。
黒澤の才能に大きな尊敬を払いながら、合理的な観点から降板を決意せざるを得なかったハリウッド、
そしてそれに対する黒澤の苦悩と怒り・絶望は、それだけで重厚なドラマを思わせる。
映画に対する黒澤の異常とも思われる完璧主義とこだわり(山本五十六元帥その他
主要キャストにまったくの素人を起用したのはほんの一例)に改めて驚くとともに、
これだけの巨星が映画界に現れる日はいつかまた来るのだろうか、という感慨に襲われた。
日米両国の鏡としての『トラ・トラ・トラ!』
(2007-12-07)
年が知れるが、『トラ・トラ・トラ!』が完成した時、或るテレビ番組に、真珠湾攻撃の指揮を取った源田実氏が登場して、感想を語るのを聴いた事が有る。その時、源田氏は、この映画(『トラ・トラ・トラ!』)の公開によって、アメリカ国民が、真珠湾攻撃における宣戦布告の遅れは、騙し打ちだったのではなく、外交上のミスだった事だった事を知ってくれだろうと、嬉しそうに語った。ところが、その時、そこに同席して居たその番組の別の出席者が、こんな事を言って、源田氏の言葉に水を掛けた事が、忘れられない。−−「この映画(『トラ・トラ・トラ!』)は、日本とアメリカで、編集が違ひますよね。私は、アメリカ版が、どう言ふ編集に成ってるか、見てみたいね。」(記憶による)−−この映画のアメリカ版は、源田氏が期待する様な内容に編集されて居るだろうか?と言ふ意味である。
この驚くべき本を読んで、私は、黒澤明監督が、詰まる処、源田実氏と同じ錯覚を抱いて居た事を知った。−−『トラ・トラ・トラ!』の編集において、黒澤監督には、全世界で公開される版については編集権など始めから与えられて居なかった事を、当時の契約書は、明記して居る。それにも関わらず、黒澤監督は、その事を理解して居なかったのである。
『トラ・トラ・トラ!』を巡る一連の出来事は、日米両国の文化と歴史の違いを映す鏡である。この本は、一映画についての本ではなく、日米両国の出会いと衝突についての貴重な本である。
(西岡昌紀・内科医/真珠湾攻撃から66年目の日に)
この著者のみが書きえた感動的な労作ではある。が、しかし…
(2007-08-22)
『トラ・トラ・トラ!』制作発表が67年4月。黒澤解任が68年12月24日。監督交代して作品は完成し、70年9月末に東京・ホノルル・LA・NYで封切公開。
これが時代の激動期であることは、著者も第9章末で触れている(p447)。あえて付け加えれば、『イージー・ライダー』が69年に公開されて大ヒット(この辺りの事情については、町山智浩の『映画の見方がわかる本−「2001年宇宙の旅」から「未知との遭遇」まで』を推薦しておく)。蓮實重彦風に言えば、スタジオ・システムの崩壊によって映画が「死」を迎える73年を目前に控え、映画界には不吉な空気が漂っていた(筈だ)。この時期に『史上最大の作戦』(62)のパールハーバー版を作ることが、何を意味したか?
本書は要するに黒澤の「勘違い」「すれ違い」の物語であり、それはそれでメロドラマとして感動的だ。ただ、その根本には拭いがたい「映画への勘違い」「映画とのすれ違い」があった、と評価せざるを得まい。
山本五十六の「悲劇」を描き出そうとする黒澤に、著者は同じ「悲劇」の反復を見ようとしている。しかしおそらく、「悲劇」は著者が考えているよりもう一段深い。つまり黒澤は、「映画の死」をいかに生きるかについての戦略を誤ったのではないか。むしろ黒澤とハリウッドとの接触がもう数年遅れていたなら、事態はいくらか好転していたかも知れない。
私個人としては黒澤版『トラ・トラ・トラ!』より、『暴走機関車』を観たかったと思う。
素晴らしい労作
(2007-06-04)
皆さん言われているように、とにかく読み始めると途中でやめられなくなること請け合いである。
よくこれだけの証言や文書を集められたと関心することしきり、著者も当時の関係者であったからこその貴重な記述も数多い、大変な労作であるとともに読み物としても第一級の面白さ。
両者の不幸な出会いを通じて、黒澤映画とはなにか、ハリウッド映画とはなにか、が浮き彫りにされる。
全映画ファン必読の書といえると思う。
是非もなし
(2007-05-20)
もし、黒澤明が「トラ・トラ・トラ!」を完成させていたら・・・。過去の出来事に対して夢想していたとしても、この「黒澤明VSハリウッド」の読後では、(降板は)仕方がなかった事と思えるでしょう。
「トラ・トラ・トラ!」の黒澤降板に対しては、近親者が触れられなかった(例えば、キネマ旬報で連載されたルポでも、黒澤明の意向により連載がストップした経緯がある)、今まで謎とされていた出来事に肉薄していると思います。
個人的には「赤ひげ」の撮影時に小道具係の薬箱に対する扱い方(黒澤明が万一にでもあけた場合を考えて中身も塗装されていたという伝説的なエピソード)が、余裕ある東宝のシステムに守られているからこそ、できていたという指摘が一番ショックでした。ここまで問題がこじれてしまったのは、黒澤明自身がシステムの中で守られていることを自覚していない裸の王様であったことが一番の問題であったと感じました。
黒澤降板の謎に対しては、現在まで、たくさんの研究書が出ていますが、この本が決定打でしょう。

