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中央公論社
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やむをえぬ事情により…―エドワード・マローと理想を追ったジャーナリストたち
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放送ジャーナリズムの基礎を築いたアメリカの国民的ヒーロー
(2006-06-13)
エド・マローは、第二次世界大戦前から活躍していた放送ジャーナリストです。アメリカではいまだに国民的ヒーローとして、よく知られているそうですが、日本では無名です。
1991年に出版され2000年に再版された本書は、そのエド・マローを紹介した日本で唯一の評伝です。
まだラジオ報道の力が認められていない頃、エド・マローが最初に話題を呼んだのは、ヒトラーがオーストリアを併合した直後の生々しい情況を現地から生放送したことです。 その後もヨーロッパ局長として、ロンドン大空襲を生中継するなどの成果を上げ、第二次世界大戦後のニューヨークに凱旋したエド・マローは、副社長に昇格しました。
テレビ時代になり、スポンサーにも恵まれたマローは、話題のドキュメンタリー作品を連発。
赤狩り旋風が吹き荒れるなか、当のマッカーシーのデマゴーグ手法を批判する番組を放送したときには、マロー自身も傷を負いました。
本当はマイク恐怖症のマローでした。
放送が始まるとひざが震え、汗びっしょりになりながら、ラジオ・テレビの草創期に、生涯5000回に及ぶ番組を送りつづけます。
しかし、テレビの大衆化に伴い、利益を優先する経営陣との亀裂が大きくなってしまいました。番組の回数を減らされ、内容にも介入されるようになったとき、マローは経営陣との対立の末にとうとうCBSを退職。
晩年をケネディ政府の高官として過ごしたものの、ガンに侵されたマローは、闘病むなしく世を去ります。
わずか57歳でした。
日本で伝説のジャーナリストと呼ばれる黒田清や本田靖春も、他人の痛みを思いやる優しさを持った人でした。
奇しくも、二人とも会社と決別するという道を歩み、病に倒れるという共通点まで持っています。
反骨のジャーナリストの偶然の一致でしょうか。

