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新潮社
グループ:Book
ランキング:22504
価格:¥ 460
発売日:1974-06
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カスタマーレビュー ![]()
性欲に関する透徹した深い洞察力に感銘
(2008-08-25)
トルストイの禁欲思想自体は一見つまらない退屈な思想にも見えるが、彼が性欲に翻弄される人間の姿をいかによく捉えているかこの2作を読むとよく分かる。
本当のところ私はトルストイの性欲に対する厳格な否定は誤っていると思っている。性欲があるから正当な夫婦愛も成り立つという性の持つ本来の側面を必要以上に否定しているように思えるからだ。トルストイ自身が妻との関係でこじれたのも彼の行き過ぎた性欲否定に起因していると思える。
だが人間がこれまで性欲ゆえに他人を不幸にし自らも破滅に瀕してきたということも人間の真実であり、こういう人間の根源性に真面目に取り組み、性欲に囚われた人間存在の根源的な課題を描いている作家は実は稀有な存在というべきである。現代文学は誰もがフリーセックスを当たり前のように描くが、トルストイはそれとは正反対の立場に立つという意味では、実は彼こそ、退屈にして社会に害悪を撒き散らすばかりの多くの現代文学に対する革新的なテーゼを提示しうるのであり、真の正義を代表しうる作家のように思えるのである。
彼の禁欲思想はそういう人間の罪と不幸を知悉した賜物であるという意味で有意義な思想と言えるのではないか。20年前、洞察力に富んだこの2作を読んで大変な衝撃を受けたことを私は忘れられない。
実は意外に切ない物語
(2006-10-10)
トルストイといえば説教臭い思想を押し付ける、という印象が強い。確かにその通りだが、クロツェルソナタ(以下KS)はそう読んではもったいない。KSは不倫した妻を殺害し刑期を終えた貴族の告白の呈で語られ、恋愛=性欲=悪と終始結論付けられる。そして物語の終了後延々とトルストイの恋愛=罪悪の説が述べられる。もちろんKSが性欲完全否定の意図により書かれた教訓話であることに違いはないのだが、最後の結末を注意深く読んでほしい。主人公は泣いていたのだ。彼にとって妻は性欲以上の存在であったのだろう。トルストイの意図を外れてかえって切ないお話になっている点が良い。たまにはトルストイを思想からはずして読んでもいいのではないか。「悪魔」は小説としてはたいしたことはないが、トルストイの人生とその内面を率直に書いた作品であり、研究者にとっては貴重な資料となる。
予言!
(2006-09-09)
日本の少子化も、勤労意欲の低下も、プチ整形ブームも
全部つながってるんだと改めて感じました。
こういう話を中学校の教科書なんかに載せて、真っ向から受け止めてもらえたらいいなあ
道徳について
(2006-09-05)
トルストイの作品の中では短い作品、「クロイツェルソナタ」と「悪魔」は両方とも道徳と家庭の破壊を描いている。
「クロイツェルソナタ」は、長距離列車に乗り合わせた人々が結婚についてそれぞれ意見を述べ合い、愛情にもとづいた結婚だけが真実だという言葉に反論する形で妻を殺した男の自白が始まる。
ここで男は性欲が人類の愛による一致を妨げているものであり、それをなくすことで人類が目的を達成することができたのならば滅びてもよいとまで言っている。ただのストイックな道徳論のみならず、人類の存在そのものにまで考えさせられる作品だった。
「悪魔」は自分では道徳的だと思っていた男が、結婚前に関係していた女への欲望から葛藤し自殺する話である。ただし恋愛による苦しみではなく、あくまで自分の中での堕落に身を任せるか踏みとどまるかという葛藤である。理性と欲望の葛藤といってもいいだろう。原因は妻を愛したことがなかったって事実だと思いますけどね。
トルストイの道徳観は、性別のない天使のように汚れを知らない状態を理想としているんだと思った。
プレイボーイの懺悔(?)
(2005-03-22)
この本はトルストイの割と後期の2作品(『悪魔』は生前は未発表)を収めたものです。彼にしては極めて短い作品で、どちらもとても読みやすいものです。文学的な主題は2作品とも共通していて、性的欲望が人間にとって様々な悪や不幸の源泉であるという考え方が示されています。この時代のロシアの地主階級の間ではどうやら浮気というのは当たり前のことだったようで、そうした風潮をトルストイは激しく攻撃しています。
こうした作品はトルストイ自身がかつて経験した放蕩に対する自己嫌悪に基づいています。ここまで激しく性欲を攻撃するとは、かつての放蕩がよほどスゴイものだったのでしょうか。ちょっとうらやましいなあ(?)。

