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恩田 陸

新潮社

グループ:Book

ランキング:4260

価格:¥ 660

発売日:2006-09

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カスタマーレビュー

事実は小説より奇なり  (2008-11-14)
修学旅行で悪さをした卒業生の罪。
その罰を永遠に償い続ける後輩たちの夜通し歩く懺悔の物語。

歩行祭というイベントが青春時代の想い出とマッチしていた  (2008-11-03)
高校生が夜通し80キロを歩く歩行祭というイベントを楽しみながら、恋、友情が丁寧に描かれた読みやすい作品だった。歩行祭というただ夜通し歩くだけのイベントと、恋や友情といった青春時代の想い出をつくるという目的がよく考えられており、自分の青春時代にもこんなイベントがあったらと思ってしまった。
また、主人公の融と貴子だけでなく、忍、美和子、杏奈、高見といった友人たちのキャラクターもしっかりと描かれていてみな好感がもてた。恋心や友情が描かれた場面で感動的な場面はいくつかあったが、個人的には貴子の母親が美和子、杏奈に対して家庭の事情を打ち明け、どうか娘をよろしくといった場面が感動的だった。

青春小説  (2008-11-03)
本屋大賞受賞作品

この小説の基盤となっているのは、高校生活最後のイベント
“歩行祭”
朝の八時から翌朝の八時まで皆でただ歩く、というもの。

そんな中、融と貴子の視点を中心に話が展開されていく。
二人にはクラスメイトに秘密にしている秘密の関係がある。
そして貴子はこの“歩行祭”の間、ある“賭け”をしている。



個性豊かなクラスメイト達との高校生活最後の“歩行祭”
ふだんあまりしゃべった事のない人との交流、親友の意外な一面を見たり・・・
ちょっとしたハプニングもあり・・・
“魔法”もかけられていたり・・・

ささいな情景も目に浮かんでくるようで、自分が高校生だった頃を思い出しました。
もう一度あの頃に戻ってみたい、そんな感情が沸き起こりました。




『みんなで、夜歩く。ただそれだけのことがどうしてこんなに特別なんだろう。』




共感しました。
キレイで眩しい、そんな青春の瞬間に触れられる作品です。

ただひたすらに「歩く」ということ。  (2008-10-28)
 この小説を名作と呼ばずして何が名作か。
 そう思わずにはいられない、恩田陸「夜のピクニック」。


 描かれているのはほぼ24時間の出来事でしかない。
 それを、これほど濃密に描ききれるのはやはり著者の力量か。

 高校生活最後のイベント「歩行祭」。
 全校生徒が夜を徹して80キロを歩き続けるという伝統行事。

 二人の高校三年生、西脇融に甲田貴子。
 それぞれの視点から交互に描かれる彼らの「歩行祭」。
 そして、貴子が自らに課した「賭け」。

 脇を固めるメンバーも丁寧に描かれていて、活字を追っているうちに
彼らが立体的に浮かんでくるような、あるいは 自分の高校の仲間に
当てはめてイメ−ジしてしまうような、そんな感覚を覚えてしまう。


 物語の中心となる二人はなかなか口をきかず、その場には居ない
同級生が実は物語の重要なキーパーソンだったのだと気が付くのも
中盤以降のこと。

 しかし、その同級生が前年の歩行祭で残した、

 「みんなで、夜歩く。たったそれだけのことなのにね。
  どうして、それだけのことが、こんなに特別なんだろうね。」

 という言葉をじっくりと噛み締めるかのように、彼らは歩いてゆく。


 すこしずつ明らかになってくる、登場人物たちの過去や悩み。
 愛したことと愛されたこと。 憎しみ、そして“十字架”。

 誰もが決して特別ではなく、等身大のひとりの高校生としてそこに
存在し、それ故に彼らひとりひとりが特別な存在なのだという事実が
彼らの視点で描かれる世界に溢れるように、そして静かに佇むように
存在している。


 青春という季節、男の子には男の子だけの世界があり、女の子には
女の子だけの世界がある。
 そして、そのふたつの世界が重なり合ったときに、初めて生まれる
世界がある。

 西脇融と戸田忍の世界。
 甲田貴子と遊佐美和子(と榊杏奈)の世界。

 そして同じ極を持つ磁石が反発し合うように、いつまでも重ならない
西脇融と甲田貴子の世界。

 そこにあるすべての物語が、彼ら自身と同じようにすこしずつ歩き、
進んでいることに、やがて彼らは気付き始める。


 歩き続けている彼らに湧き上がる喜び、襲いかかる不安、胸の中を
駆けめぐる迷いや葛藤や戸惑い。
 予期せぬ人物の登場や予想外のアクシデントを包み込みながら、
いつもと変わらぬ秋の日が青春の特別な一日へと変わってゆく・・・。


 全編を通じて、彼らはほぼ歩き通しである。
 歩きながら彼らは押さえ込んできた胸の内をそれぞれに打ち明け、
また同じくらい聞かされることになる。

 しかし・・・、

 自分自身の過去と照らし合わせても思い当たるようなささやかな
エピソードから、「生きる」 ということの真実や友情の大切さ、人を
認め、人を許し、人を愛し、人を受け入れるということの意味などを
考えることになるのは実は読み手の側。

 きっと読み進むうちにいつの間にか高校生に戻って自ら歩行祭に
参加しているような気持ちになっているはずの、僕ら読み手自身だ。


 「六番目の小夜子」をはじめ、著者が高校生の光と影を描かせたら
天下一品であることは疑いようがないし、この 「夜のピクニック」 は
きっと永遠に読み継がれる青春小説だろう。

 いつも読み返すたびに懐かしさと切なさを感じつつ新鮮な気持ちに
なれる、本当の意味での「名作」として愛され続けるに値する物語。

 
 きっとそれは、この歩行祭のただ「歩く」という行為が、「生きる」
ということにも繋がっていくからではないだろうか。

 常に目の前に在る、「生きる」と訳される「人生を歩いてゆく」という
ことに・・・。


 多くの仲間と語らいながら、喜びや悲しみ、迷いや葛藤や戸惑いを
繰り返しながら歩いてゆく。

 そう。 奇跡的に巡り会えた、かけがえのない「みんな」と共に・・・。

 そしていつか自分が年齢を重ね、登場人物達の親の年代になった
としても、ページを繰ればいつでも変わらない、高校三年生の彼らと
自分に会えるのだ。

 だから、、、

 今はただ、この作品に出会えたということを心静かに感謝したいと
思っている。


 ・・・・・。


 空が、澄んでいた。

 陽が、照りつけていた。

 雲が、流れていた。

 波が、寄せていた。

 風が、吹いていた。

 彼らが、歩いていた。

 そして、、、

 気が付けば、自分も一緒に、歩いていた。

  
 ・・・・・。

 「みんなで、夜歩く。たったそれだけのことなのにね。
  どうして、それだけのことが、こんなに特別なんだろうね。」


 本当に、「歩く」というのは、どうしてこんなに特別なのだろうか。

これを認め社会に疑問  (2008-10-10)
本屋大賞受賞ということで読んでみたが、はっきり言ってがっかりでした。
まず、登場人物のキャラクター、会話の不自然さ。
ほとんどの会話に作者の意図が見え隠れしていて作品に入り込めない。
次に、文章構成の幼稚さ。
読みずらいと思ったのは私だけではないはず。主人公格を作りすぎてストーリー、心理描写どちらもが御座なりになてる。
ノスタルジックの女王など言われてるが、不遇な青春時代を過ごしただろう作者の自慰行為的作品。

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