Amazon - shikencho

アイテム詳細

斎藤 慶典

講談社

グループ:Book

ランキング:209422

価格:¥ 1,785

ポイント:17 pt

発売日:2002-05

通常24時間以内に発送

このページのURLは
http://www.shikencho.com/shop/asin/Books/4062582406/

この商品を買った人はこんな商品も買っています。

現象学とは何か―フッサールの後期思想を中心として (講談社学術文庫)

現象学ことはじめ―日常に目覚めること

これが現象学だ (講談社現代新書)

デカルト的省察 (岩波文庫)

純粋理性批判〈下〉 (平凡社ライブラリー)

カスタマーレビュー

現実の作られ方  (2006-05-09)
フッサールが垣間見た前人未踏の地平とは何だったのか。
「超越論的主観性」という概念を「主観」ないし「自我」という側面から見る限り、現象学はやっぱり単なる主観主義にしか見えない。
だが、著者も言うように「超越論的主観性」とは一個人の主観のことではなく、この世界、この現実、さらに言えばこの私さえもそこにおいて構成される「場」のごとき地平である。
現象学という哲学が可能にしたのはこの構成される場所=世界が現象する起源を問うこと、つまり一つの現実の作られ方であった。
それではその起源とはいったい何なのか。
彼方へ向けてきらめきながら飛翔していく本書はまさに感動的。

危険だ!注意せよ!  (2003-08-12)
 非常に問題含みの本です。間違ったことは言ってないにせよ、フッサールの思想なのか斎藤さんの考えなのか、気をつけないとわかんなくなる。いや、優れた書物はすべからくそういうところがあるのは充分承知なのだけど、斎藤さん個性強すぎるねw。

 ええと、書くことがなくなったので一番ガツンと来た部分を引用します。

≪そして「私」とは、(…)「不在における現前」の能力である「想像力」がそこに根を下ろし、「現象すること」がそこにおいて可能になる場所のことである。これはすなわち、想像力とは私の能力のことではないということである。なぜなら、想像力という「不在における現前」の能力が根づくその場所においてはじめて、「私」という自己同一的なものがみずからに対して現象することが叡?能となったからである。(…)この意味でいわば想像力の方が私を所有しているのである≫

おもしろい!  (2003-02-21)
いやもうおもしろかった!
そして説明がめちゃくちゃ丁寧だった。
(分かってる人にとってはクドイくらいかもしれないが)

フッサールをこれから読もうとしてる人には是非勧めたい。
「現象」とはなにか、フッサールが頭を悩ませ、
紆余曲折の思想の道を歩み続けた問いとは何か。
ハイデッガーの「時間」や、メルロ=ポンティの「身体」

といった発見をまじえつつ?世界が現象するということに
まつわる問いをじわじわと、時に笑みをこぼしながら深めて行きます。

Special Menu

Category Menu