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岩波書店
グループ:Book
ランキング:178381
価格:¥ 735
発売日:2007-09
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私たちの終わり方―延命治療と尊厳死のはざまで (学研新書 12)
カスタマーレビュー ![]()
「尊厳死」に対する疑念を抱かせる本
(2007-12-11)
安易に尊厳死が認められる風潮に警鐘を鳴らす本です。
気をつけるべきは、著者も無闇な延命を是認しているわけではないということでしょうか。ですが、現実には主に医者や家族の都合によって「尊厳死」の美名によって、必要とされる延命が中止される事態が発生しているのではないかと疑念を呈しているのです。
そして、それが典型的に現れた例として、2006年に判明した、富山の射水市民病院におけるある医師による、7件の呼吸器取外しを追及しています。
警察の捜査中であるにもかかわらず、メディアはX医師の行為を是認するかのような報道を繰り広げ、X医師自身も積極的にメディアに露出し、まるで悲劇のヒーローとして振舞っています。
著者は、そんな中、X医師をはじめとする関係者への精力的なインタビューと資料の読み込みによって、その風潮に異議を唱えているのです。
尊厳死の伝道者であり、500人の患者を看取ったと述べるX医師の、「死」「脳死」についての基本的知識のあまりのあやふやさや、X医師が主張する「脳死状態」と言われるもののあまりのいい加減な認定を、そして呼吸器の装着や取外しについてのあまりの場当たりさ加減を暴きます。これが「尊厳死」と喧伝される事案の実体と言うわけです。
メディアやそれにつられた行政が、具体的な検証をろくにしないまま、尊厳死なるもののガイドライン化を急ぐ様と、それが医師の免責を主体としたものである欺瞞もまた描かれています。
尊厳死が、患者本人ためではなく、「面倒くさい」と思う周りの都合を美化する言い訳ではないのか、ということを突いた本書の指摘は貴重です。
人の「死」は自分で決められるのか。
(2007-12-01)
本書は、2006年3月25日に「射水市民病院(当時は「新湊市民病院」)」で元外科部長が2000年から2005年までの間で7人の末期患者が呼吸器を外され志望したことが、明かされた事件である。
ここでは、殺人なのか「尊厳死」なのか問われているが、著者はこの意思について痛烈に批判をしている。
現在では「尊厳死法制化」について国会で論議されているが著者はそれにも批判をしている。
本書を読んで疑問に思ったのは今後患者(もしくはその親族)がもし「つらくなったら延命措置をやめて死なせてくれ」といわれた場合、医師らはどうするのか。患者の命を優先させるのか。患者(もしくはその親族)の意志を優先させるのかというのはそれが明確になるのはいつの日であろうか。
尊厳死論私論
(2007-11-18)
尊厳死あるいは人間の死に方を、射水市民病院外科医師の呼吸器はずし事件へのルポルタージュを通して考えるというスタンスで書かれています。当該医師への度重なる接触や、様々な取材をもとに持論というか私的な感想が述べられていますが、最期まで何を言いたいのかがハッキリしません。それがこの著者の持ち味で支持者も多いと聞いています。 ただ、レビュワーとしては新書という体裁だともう少しサブスタンスが欲しいところです。また、批判的に取り上げられている具体的な症例は、皆、通常の医学常識では回復が困難な方々。医療とは不完全なもの、人の死に様はそれぞれ と言いながら、一刀両断的に、『いのちの線引き』を許さないという帯は非常に違和感を感じました。 むしろ、公的病院改革の中で、今まで外科診療科の中で完結していた医療が、チーム医療となり、色々な人の目にさらされる中で、一人の医師の職業人としての行為が、他の目に触れることになりそれが今回事件の発覚であったという組織面・制度面に着目しての掘り下げが欲しかったです。 同じテーマで、医療崩壊の著者の小松秀樹氏が書いたらば出色の出来の本が出来るのではないでしょうか。
「リビング・ウイル」
(2007-10-06)
そもそもこの本を手にしたのは、家族の内に、長く寝込んだ患者を見、その介護に疲れる家族を見てきているからです。そのために、死ぬときは「ぽっくり逝きたい」という思いが強く、今回もこの本に向かわせました。
読んでみると、「尊厳死」というものが、それ程単純なことではないということが良く解りました。少なくともここには、患者自身、家族を含めた周りの人びと、医師と三者の思惑が存在します。この三者の意志が一致すれば問題は少ないかも知れません。でも、実際にはその間にずれが生じることが多いのでしょう。
私自身は、この本の中で「リビング・ウイル」ということに強く惹かれました。それは・・・
(1)死期を単に引き延ばすだけの延命治療を一切断る
(2)苦痛を和らげる措置は死期が早まっても良いから最大限に実施して欲しい
(3)数ヶ月以上にわたる植物状態に陥ったら、一切の生命維持装置を止めて欲しい
こうした患者本人の意志が尊重されてこそ「人間の死」だろうという気がします。
最も十人中十人が、死の直前に「生」への執着を示すと言うことですが・・・。
「いのちの線引き」の是非を問う
(2007-10-04)
サブタイトルにあるように、本書の中心は2006年3月に発覚した「富山・射水市民病院の呼吸器外し事件」の真相を探ろうとしたルポルタージュである。
著者は、7件の呼吸はずしをおこなったN医師に対し、技術的にも精神的にも「個人的資質に問題があった」と手厳しく批判。
その後、「脳死判定」基準のあいまいさ、「尊厳死法制化」批判へと展開される。
著者の独特のざっくばらんな書きっぷりは、やや読みづらく好みが分かれそうだが、その分、立場や持ち味は明確。
”どのような状態であっても、最後まで命をまっとうし尽くしたい”、という意気込みが伝わってくる。
ご自身は、乳がん手術をされた経験をもっておられる。
個人的には、この”過剰に逸脱的な”N医師のケース以外の「呼吸器外し」の実態がとても気になった。
また、わたしが末期の患者やその家族になった時のことを想像してみたりもした。
「もう、このあたりで…」?、「できる限りのことを!」?
単純には答えの出しがたい難しい問題だが、いずれは「我がごと」。
多くの人が、もっと現場を知り、おのおのが率直に意見を述べられるようになれば、と願う。

