Amazon - shikencho

アイテム詳細

山之内 靖

岩波書店

グループ:Book

ランキング:14409

価格:¥ 819

発売日:1997-05

通常24時間以内に発送

このページのURLは
http://www.shikencho.com/shop/asin/Books/4004305039/

この商品を買った人はこんな商品も買っています。

プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神 (岩波文庫)

社会科学の方法―ヴェーバーとマルクス (岩波新書)

マックス・ウェーバーと近代 (岩波現代文庫)

社会科学と社会政策にかかわる認識の「客観性」 (岩波文庫)

社会学の根本概念 (岩波文庫)

カスタマーレビュー

著者独自の深堀解釈付マックス・ヴェーバーの簡潔入門書  (2008-09-23)
 マックス・ヴェーバーの主著『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』を一通り読んだ後に、この先人の思想についてもう少し知りたくて手にとってみたのですが、期待に違わぬ内容を持つ本でした。『職業としての学問』等良く一般人にも知られている本だけではなく、『古代農業事情第三版』なども読んでみたくなります。

 通説的解説の部分も簡潔で分かり易いことに加えて、著者のマックス・ヴェーバーに対する深掘解釈も面白く読めました。例えば、ヨーロッパ近代の合理化について、その強調点は(キリスト教文化が内包する)合理化の普遍性であり、むしろその普遍性にこそ恐るべき運命的な力が宿っている、というところにあるのだ、などの解釈です。精密さよりヴェーバーがほんとうは何を考えていたのか、ということに迫る道筋を提示してくれていて、一般人としては嬉しいところです。

 著者は、”私たちは、グローバルな規模で受苦者としての連帯を構築してゆくように、状況によって強制されているのです”と記していますが、この記述は、優れた先人の著作から、現代の諸問題解決の術を学ぶ方法例として、「古典の読み方入門」とも言えるものだと思います。

入門書としてはつまらない  (2007-10-13)
ウェーバー学問の概要を捉えたいと思い本著を手に取ったのですが、私のような初学者をターゲットにしたいわゆる『入門書』ではありません。内容は正統派ウェーバー解釈:著者の解釈論:ウェーバーの伝記=1:1:1といった内訳で、とりわけ他のレビュアーさんが書いているように、『ヨーロッパ賛美と言われる旧来のウェーバー解釈は本質からの逸脱』という著者の解釈論を中心に論理が展開されます。ですが、プロ倫くらいしか呼んだ事のない私のような薄学者には著者の解釈論はなんら訴えるものはなく、正統派ウェーバー解釈に割かれる分量に物足りなさを感じるほかありませんでした。

学者はこういった正統派解釈に対してナナメから構えるようなテーマ設定をよくしますが、本著のような「〜入門」というタイトルではしないでいただきたい。やるならその辺の学会でやってほしいものです。

ウェーバーはそんなに難しくないですし、入門編としてはやはりプロ倫あたりの邦訳を読むのがベストではないでしょうか。

評価は難しい。  (2005-11-29)
大塚氏などの従来のウェーバー解釈に真っ向から異論を唱えるラディカルな一冊。ただ、社会学的背景に通暁しておらず、従来ウェーバーという思想家がどのように解釈されてきたかについて何ら前提となる知識を持たない者の目からすると、本書は極めて常識的な判断(特にThe Protestant Ethicに関しては)を下しているようにも見え、むしろ、ウェーバーを近代合理主義の信奉者と捉えるのが古典的解釈であったということのほうに意外性を覚える。私は『プロ倫』をTalcott ParsonsによるRoutledge版の英訳で読み、重要と思われる箇所についてはドイツ語の原典とも照らし合わせたが、言葉の意味を虚心坦懐に追う限りでは、到底ウェーバーが清新さを失う以前のプロテスタンティズムを礼賛しているようには思われなかった。近代理性に対して警鐘を鳴らすとまでは言わないものの、せいぜいが、物事の本質を冷徹に看破しようとする中立的な学者、というイメージであった。もちろん、そういう私の読み方自体が、現代の風潮に多分に影響を受けており、言葉をありのままに追うつもりが、実は大いに先入見(ウェーバー解釈以外のところでの先入見)に毒されてしまっていたという可能性もありうる。ゆえに、これから大塚久雄氏のウェーバー解釈などにも目を通し、従来の解釈と本書で提示されている解釈を対置させ、考察を深めたいと思う。いずれにせよ、考える契機を与えてくれるという点において、この本はやはり好著である。

師に反逆!  (2004-08-31)
この10年で、岩波新書としては、最高の傑作であると
言って間違いないでしょう。なにせ、これまでの定説(大塚
久雄以来の解釈)を覆したのでしたから。
 学問の先端にいる人間が専門外の人にその苦闘を分かってもらう
ように書く、という姿勢が貫かれている点がすばらしい。
 著者・山之内さんは、

大塚久雄の教え子である。「あえて子とをなさんとする弟子は、
師に反逆す」の言葉通り、ある意味では、最高の批判的継承
とも捉えることができる。
 山之内さんの問題意識は、ウェーバーで止まらず、ある雑誌で
京大の大澤さんとの手紙のやり取りで、
「本当は最後のところ(フォイエルバッハの受苦的存在と現代と

の関連)が一番言いたいところ」と言っていました。ある種、
凄いなあ、と思いました。これだけのウェーバー解釈の目的は、
さらに先、これは準備にしか過ぎない、という印象さえ、持ち
ました。
 近年すっかり忘れられ、見捨てられているとさえ思われる
社会科学かくあるべき、の姿勢を見せて頂いた、そんな感想
です。

ラディカルな問題提起を行った好著  (2004-05-31)
 最初に言っておくが、この書を読んだからといって、大塚史学の至らなさ
を軽々しく非難しないほうが良い。ウェーバーを「近代知」の範疇で
捉えようとする動きは、むしろ世界的な主流であり、また無理なからぬ事
であった。著者のドイツ留学時の問答経過にもあるように、ウェーバーと
ニーチェの連関を探る知的な挑戦というのは、ドイツやフランスでも少数
派であった。

 だからこそ著者達の試みは、ウェーバーを近代的な解釈から解き放った
、いわば、パンドラの箱を開いてしまった、痛快さとおぞましさを持った
挑戦的な研究なのである。正直、そこまで読み込んでいいのかと思うくら
い、脱近代以降の思想的な展開を踏まえてウェーバーを読み込んでいる。

特にフーコーとの隠れた内在的親和性などを、先鋭的過ぎるほどに鋭敏に
探っていっており、解釈含めて興味は尽きない。

 ただ、この書はあくまでも、『入門書』である。この書自体を良く
知るには、やはり通説的(例えば現代であれば折原氏)なウェーバー
解釈を知っておく必要はあるだろう。また、そういった解釈も、決して

見た目程には「出鱈目」ではない。「脱近代以降」一辺倒からウェーバー
を読むのは、「近代」一辺倒同様に一面的なもののように思う。

Special Menu

Category Menu